関西小樽会ブログ

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北陸の北前船主を育てた豊郷町の又十藤野家

松前藩主が津軽海峡を渡るときの御座船「長者丸」は近江商人藤野家の持ち船だったものを藩主が借り上げたものだった。

旧中山道沿いに町並みの残る、豊郷町の藤野家。初代藤野喜兵衛が松前に渡ったのは、十二歳の時だったという。寛政十二年(1800)、二十歳で独立して「柏屋」を興し、利尻、礼文、宗谷、北見、根室等北海道東部一帯の鰊、鮭、鱒の漁場開拓に成功した。又、高田屋嘉兵衛の漁場も握り、利尻、礼文は親戚の松村が管理することになりました。商標は「又十」。二代、三代四郎兵衛と傑出した経営者が続いた藤野家は、廃藩置県時に、秋田藩への貸付金だけでも一万三千両を超えていたというほどの富豪に成長した。「又十」では、膨大な物資輸送に北陸の船も雇った。この中から後に、独立する人々が続出した。西出家や西谷家など有力北前船主を輩出した橋立(加賀市)では宮本家など、「又十」を終生「本家」とした家がいくつも残っている。

 藤野家本宅は現在「豊会館」として保存、公開されている。

地元では「又十屋敷」と言った方が通りがいい。屋敷は旧中山道に面しているが、裏手は、琵琶湖にそそぐ宇曽川筋にあたる。琵琶湖から宇曽川を上がる船が目印にしたという楠の巨木は、今も庭にそびえている。

この近くには、伊藤忠商事、商社丸紅の創始者となった伊藤忠兵衛旧宅が保存、公開されている。

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利尻の寺島宅には文部省の予算がついて、現在、北大大学院谷本晃久氏が団長となって、調査に入っています。又十藤野家からの手紙等も寺島家にはたくさん残っているそうです。井伊直弼も又十藤野家を訪れているそうです(お金が出ているとの事)。寺島氏の母方の血筋にあたる松村家の親戚が又十藤野家ですが、写真に写っているのは、寺島伸二氏とその奥様です。(管理人)

 

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