関西小樽会ブログ

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関ヶ原合戦史跡めぐり

山登りのトレーニングの一環として、冬は近郊歩きも取り入れている。ここ十年程は、飛鳥、山の辺の道、葛城など奈良県が多かったので、今年は趣向を変えて、関ヶ原古戦場などもメニューの入れようと思い、昨年暮れにその偵察を行ってきた。

JR関ヶ原まで大阪から約2時間半。10時に関ヶ原駅を出発し、主として西軍の史跡を廻る計画であった。

最初の目的地「大谷吉継陣跡」に行く途中に、東軍の「本多忠勝陣跡」や「福島正則陣跡」などを経由するつもりであったが、案の定道を間違え2番目に訪れる筈の「宇喜多秀家陣跡」に着いてしまう。ここから大谷陣まで往復すると4Kmあるので、大谷陣は断念。続いて「小西行長陣跡」「島津義弘陣跡」へと向かう。島津陣跡には義弘の西軍敗戦後の敵中突破行を偲び、はるばる鹿児島から中学生らがやってきて、伊勢までの同じ道を辿る毎年の催しを記念する碑群が建てられている。

石田三成陣のあった笹尾山に行く途中に、“関ヶ原ウォーランド”という施設があることが地図に書いてあったので寄ってみると、関ヶ原決戦のミニチュアテーマパーク。ほとんど人影のないパーク(入っていません)を暗い気持ちで後にして、笹尾山へ。山の下の「島左近の陣跡」から歩いて5分程で、笹尾山山頂の「石田三成陣跡」。ここからは、戦場が手に取るように見える。右手の小高い山には、大谷、宇喜多、小西、島津らの陣が並び、はるか正面には松尾山の小早川秀秋が陣取り、低い東側から攻め寄る東軍を迎え撃つ、という陣構え。

誰が見ても西軍の勝ちという情勢を一変させたのが、金吾秀秋。健闘する大谷隊は右翼を衝かれ、脇坂、朽木隊も寝返り……という訳でわずか半日の戦いで、東軍の大勝利。400年前の出来事が目に見えるような気持ちにさせられる。

笹尾山を後にして、「最終決戦場」「徳川家康最終陣跡」を経由し「歴史民俗資料館」へと道を辿る。家康陣が決戦場の間近にあったことは驚きで、いかに家康が歯ぎしりしながら中央へ出て行ったのかが良くわかる。

こうして、最初の思惑とはだいぶ異なる道を歩んだのだが、結果は大満足であった。次回、引率するときは、そつなく最良ルートを案内できよう。所要時間は、4時間ほどか。小樽会の方で希望者がおられたらいつでも案内します。

あとから考えさせられたのは、これほどの観光資産を持ちながら、観光客(散策者)の数が異常に少ないこと。しかも日曜日です。出会ったのは3組だけ。

昨年12月31日の高橋悦雄さんのブログ内容にも関連しますが、町の魅力をどうやってアッピールするか、知恵の絞り所ですね。

終わり

笹尾山から見下ろした決戦場(右側に宇喜多隊など)

笹尾山から見下ろした決戦場(右側に宇喜多隊など)

関ヶ原決戦場記念碑

関ヶ原決戦場記念碑

 

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この記事へのコメント

  • 1:誰もが、どこかで、何回となく、読んだり聞いたりしてきた関ヶ原合戦、小説のように面白く読 ませていただきました。
    2:私も、10年以上前になりますが、長篠の合戦場へ行ったことがありましたが、観光客は私一人でした。リピーターを作ることが難しいのだろうと思ったものでした。