子供の頃、躾のため三味線や踊りのお稽古に・・あの頃の小樽は芸者さんも沢山おり邦楽(歌踊音曲)の文化がありました。 歌舞伎界の大物、市川団十郎、中村勘三郎が亡くなり特に団十郎の当たり役である勧進帳や助六が、踊りの会、リサイタル、同門会、邦楽を楽しむ会、等で昨年は何度も聞きました。 私も助六の三味線をお稽古しています。助六とはその名も伊達な花川戸、この鉢巻の紫は 通い馴れたる塗鼻緒 一つ印籠一つ前、二重廻りの雲の帯、さした尺八鮫鞘は これ御存じの出立栄え で郭通い、なんとこの方18歳とか舞台でご覧になった方もおられるでしょう、日本の伝統文化にもふれてみては・・・ 和食が世界に認められた事も嬉しいな!!!
コメント
コメント一覧 (1件)
昨年11月、海陽亭と光亭(今は北海製缶の施設)へ行ってみました。もちろん営業はしていませんでしたが、小樽にも昔は、こんな一流の料亭があり、商売も隆盛を極めていたころがあったんだろうなあと思いました。
芸者さんの姿が、様になりますね。
日本文化と和食、いいですね。大好きです。、