小樽市文化観光への提言 : タブラオの魅力

〇 小樽市化観光への提言 : タブラオの

スペインに行くと、いつもアンダルシアのタブラオにいく。

薄暗いタブラオの中でかき鳴らすギターの旋律、その横に立って、しわがれた声で歌うカンテのひびき。舞台の上ではカタ、カタ、カタ、カタ、小刻みに踏み鳴らすサパテアードがつづく、突然、ピタッ!と止った後、狂ったように踊るシギリージャ、アンダルシアのタブラオに漲る情熱、午前二時の光景である。

タブラオの前座は身体の振りが大きく派手に踊る若手のフラメンコ、上手なダンサーは後から出てくる。

しんがりに登場してくるのはベテランのヒターナ、舞台の中央に一人立って、ほとんど動かずに上半身の表現だけで踊る。この曲は“シレンシオ”と呼び、内なる情熱の表現なので、誰でも踊れるものではなく、日本舞踊に置き換えれば、家元の奥伝にあたる。

舞台のはねるのは午前三時頃、それからはヒターナ達とワインを飲みながらの食事となる。狭いタブラオの中に汗臭い体臭と料理の臭いが混ざり合う中で、陽気なヒターナたちのおしゃべりは尽きない。

酔いがまわる頃、外はしらじらと夜が明けてくる。

タブラオとはフラメンコ ライブのある軽レストラン、メソーン(スペインの居酒屋)の呼び名です。小規模な店が多く経営形態は多様です。新鮮な食材の豊かな小樽には格好の経営業態です。

日本でフラメンコの愛好者は多く、フラメンコ人口はかなり増えています。

私は小樽に行くと運河横のレンガ館界隈で飲むのを楽しみにしています。飲みながらいつも思うのは、ここにタブラオがあればいいのに・・・と。

雪の降る夜にかき鳴らすギターのひびき、タブラオで踊るフラメンコ!

全日本フラメンコ・コンクール小樽大会!など夢は無限に広がります。

♪♪♪♪♪♪♪♪ “タブラオ オタル” ♪♪♪♪♪♪♪♪

小樽は歴史的に多様な文化の集積地としての特性をもっています。さらに新しい小樽文化としてフラメンコを振興させてはどうでしょうか。

これを小樽市観光に提言します。

フラメンコについて知りたい方は、検索、美術家村岡信明のブログ

マドリ―のヒターナ  2016.4.24   Nobuaki MURAOKA

マドリ―のヒターナ  2016.4.24  Nobuaki MURAOKA

私が北海道に行くのは殆んど厳寒の真冬、それも雪深い幾春別の辺鄙な場所である。山岳修験者・円空の研究で約三十年前から何度も通っている。

その帰途はたいてい小樽に立ち寄っている。

舞台の刎ねるのは午前三時頃、それからヒターナ達とワインを飲みながら食事をとる。、狭いタブラオの中に汗臭い体臭と料理の臭いが混ざり合う中で、陽気なヒターナたちのおしゃべりは尽きない。

酔いがまわる頃、外はしらじらと夜が明けて行く。

 

〇 シレンシオに魅かれて

スペインのフラメンコダンサーは正確には二通りの呼び方がある。

A:ヒターナ・・・・・・ロマのフラメンコダンサー

B:バイラオーレ・・・・スペイン人のフラメンコダンサー

劇場やレストランで踊っているのは双方であるが、ロマは自分たちのタブラオでしか踊らない。家族で踊るときもある。その時に小さい女の子も出てきて、手を挙げ、足を踏み、腰まで振り回しながら踊ったあと、「オレ!」と可愛い声でみえを切る。

しんがりは舞台の袖から出てくるときから、ドゥエンテが付いている。私はこのシレンシオに魅かれてタブラオに通っていた。

ドゥエンテの直訳は「妖怪」、アンダルシア地方の古い伝説で、地中から出てきて人間に乗り移る。これをフラメンコダンスと結びつけたのはガルシア・ロルカ。

フラメンコダンスでは踊っている時にドゥエンテが出てきて、乗り移らないと真のフラメンコダンスにはならない。と言われている。でも、滅多に出てこない。

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コメント一覧 (1件)

  • フラメンコを新しい小樽の文化として導入してはとのご提案大変興味深く読ませていただきました。私はニューヨーク支店勤務時の1971年の夏休みに私の家族と同僚の家族と共にカリブ海のプエルトリコへ行きました。ある夜子供たちをベビーシッターに預け、両夫婦だけでフラメンコを見に行きました。そこは小さなレストランで食事やシェリー酒を楽しみながら目の前で3-4人のダンサーによるフラメンコを見ました。それまで映画か何かでステージで踊るフラメンコは見たことがありますが、この時はカタカタと鳴らす手足や妖艶に腰を振り回すダイナミックな身振り、スペイン人の実生活の匂いを感じ、本当に圧倒されました。この島は元々スペインの領土であり言語もスペイン語文化もスペイン文化が色濃く残っています。レストランもタブラオに似ていたように思います。