小樽出身の方はご存じかと思いますが、タカクワクラブがありました。1926年に高桑市郎氏が創設した水泳教室で、塩谷海岸が主な活動拠点でした。
私はここで15年間水泳を学びました。当時の同僚(3歳年下)が横須賀に住んでいて、先日彼を訪ね47年ぶりに再会しました。北海道教育大を卒業して直ぐに横須賀市の小学校に赴任して、現在も関連公益法人で役員をしています。
JR改札口に迎えに出た同僚は、頭に白いものが目立ち、顔も昔よりはふっくらしていましたが、一目でわかりました(そりゃそうだ)。もっとも、会食中の会話では、お互いの記憶にはかなり怪しいところがありましたが。
当地を訪ねるのは初めてでしたから、彼の案内で軍港めぐりをしたり、城ケ島を見たりしました。軍港めぐりの船上でイージス艦の高性能を聞いたその日に、コンテナ船と衝突し、7名が死亡したのは驚きです。海上での横からの接近はレーダー探知機の盲点だったみたいです。ともあれ、47年ぶりの再会は好天に恵まれ楽しい1日でした。
とりとめもなく綴りましたが、結びに関西小樽会関係者各位のご健勝を祈念申し上げます。
47年ぶりの再会(城ケ島の前で)
コメント
コメント一覧 (1件)
タカクワクラブって、すごい大きなクラブだったのですね。
皆、今と同じ水着を着ていますし、帽子もかぶっていますね。
こんな立派なクラブがあるなんて知りませんでした。
私も、子供の頃、クマウス海岸や、後に塩谷の海岸でも泳いだことがありましたが
周囲の仲間は皆、帽子などはもちろん無く、水着も六尺褌のみでした。