4月下旬に夫婦で3泊4日の沖縄旅行をしました。今回は子供が費用を負担してくれたので、ラッキーな旅行でした。退職後、子供からお年玉をもらった時は、うれしい半面みじめで悲しい気持ちになりましたが、最近は心待ちするようになりました。ツアーのメンバーは年金生活の夫婦がほとんどで、その他は若い女性のペア、4・5人のオバチャングループ、奥さんを亡くしたと思われる単身者です。足の不自由な奥さんと、その手を取って世話するご主人のカップルもいました。
バスで本島の北から南まで移動し、定番の美ら海水族館、首里城、ひめゆりの塔など見て回りましたが、やはり自然のままの北端辺戸岬近くの奇岩が林立する大石林山と沖縄ワールド内の鍾乳洞(玉泉洞)が圧巻でした。沖縄料理はゴーヤ・豆腐・豚肉がメインで、ホテルのバイキングに出ますが、小樽のホテルにあった松前漬には及びません。また、どの食堂にもある沖縄そばは、そばというより固いうどんのようでした。
今回の旅行で新発見は、お墓です。墓は4畳半位の土地に、高さと巾が約1間四方の石造りで、上部に屋根があります。墓は亀甲墓(かめこうばか:亀の甲羅の形)と破風墓(はふばか:小さな家の形)があり、破風墓が多く見られました。祖先を大事にする中国の文化・風習が残っているのだそうです。そのためか新聞のお悔やみ欄には名刺2・3枚の大きさに、喪主のほか子供たち家族全員の名前が20人くらい載っていました。
この時期問題になっていたのは、今年設定された4月28日の「主権回復記念日」です。昭和27年講和条約が発効し本土に主権が回復したけれど、沖縄はその後20年間米国に統治され、この日を屈辱の日ととらえ祝う気にならないのです。辺戸岬に祖国復帰闘争碑が建っています。ここから北緯27度で引き裂かれた対岸の与論島とかがり火をたいて復帰運動を始めたそうです。
また10数年来続いている普天間飛行場の辺野古移設計画があります。先の大戦で沖縄は大変な被害を受けたので、基地はいらないと考えています。戦闘の激しかった南部に慰霊碑が集中し、ひめゆりの塔近くに北海道出身者の北霊碑があります。沖縄戦で県外戦没者6万6千人のうち、最大は北海道の1万人強で、2位の東京都の6千5百人を大きく上回っています。基地問題については、沖縄と本土の人がしっかり議論し、理解しあうことが必要と思います。 (k.yamada)
コメント
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県外戦没者で北海道が一番多いなんて知りませんでした。
いつも参考になる記事をありがとうございます。