”同窓の絆”と小樽

今年“関西潮陵会”は発足45周年目を快走中です。この経歴年表を垣間見ると、昭和43930日ホテル阪神にて発会式が行われ、その初代会長が大正6年卒業の潮陵第12期生であります。今日まで連綿と続く歴史に驚きます。

 今期で10代目の会長が、ご存知小樽会の山田浩一氏(53期卒業)です。40年有余の時の経過です。

 

私の生まれは砂留町で、4歳の頃の昭和16年に樺太へ渡り227月に引揚げて色内町に居住し、以来小学生3年から潮陵卒業迄10年間のおよそ子供時代の在樽でありました。

 

現在、関西潮陵会の事務局にてその任を勤めておりますが、朋友、校友諸氏が集う「潮陵サロン」にて当然小樽は無論のこと学校の話題等の情報が無数に飛び交う社交の場でありますが、私にとってはその当時の地名、施設、等の記憶や認識が殆どありませんので

チンプンカンプン・・・それは何処、それは何の事、と横手で飲みながら聞くだけの感じです。色内町から花園町に移り住み中学、高校は勉学よりスキーやバレー部に所属し大半は練習に明け暮れての生活でした。卒業後即東京へと移動し兄貴のもとから通学、翌年親父の転勤にて家族全員京都へ引越しをしました。帰省は京都となり小樽へは以来疎遠となり今日に至る次第です。

関西での同窓の方々がかくも継続して集う事実は、母校を愛し、故郷を懐かしむ心がそうさせているのかもしれませんね。また私的にうがった見方をすると第一線からリタイヤする年令、そして社会的活動からトーンダウンする年令が意外と“故郷の懐かしみの想い”

を湧かせてくれるのかも知れません。

今年の8月に小樽を訪れる機会がありました。レンタカーにて当時の思い出の場所へカゲ、カタチが現存するはずがないことは分かっていながら、家内と娘を案内しました。潮陵、龍徳寺、南樽市場、青園中学、竜宮神社、日和山灯台、鰊御殿、小樽駅そして各居住地へ。当時の面影が何処にも見当たらずでありましたが、なにか私の小樽での青春時代を家族に伝えたような気持で寂しさは一切感じませんでした。そして満面笑みで熱く語っていたよと娘の言がありました。

「故郷は遠くにありて想う(思う)ものなり」・・正に至言ですね。小樽会、潮陵会ともに関西にて故郷小樽を熱く語ろうの意気か、同じ釜の飯(校風)を食った同窓生であり、同じ空気を吸った同郷人、そこからの連帯感が“絆”を生む、これを礎に末永く確実に後輩にバトンタッチする責務があります。私自身潮陵会との関わりが無かったら故郷も忘却の彼方かもしれません。 関西潮陵会まさに快走なり!            13・11・3記

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  • 私は小学校2-4年まで新富町におりましたので、山田会長とは歩いて5-10分の所に住んでいたことになります。その後、長橋町に転居しましたので、市外へ出るときは、必ず砂留町を通りましたので懐かしい街です。藤井さんが、レンタカーで回られた場所は皆、私にとっては、懐かしく、一気に読ませて頂きました。、