最近の若者事情

最近私は心揺さぶられる案件に遭遇した。
酷い目にあったがその後救われ暖かい気持ちになった事。
どちらも同じ年代の人との間で起こった事だ。

私は所謂世の中でいわれる勝ち組には属していない。
勝ち組を勝ち組たらしめている定義をここで述べてもよいだが
それを述べようとしたら本を一冊書ける位になるのでこの際棚に上げておく。

私の大切なものの一つは高校時代苦楽を共にした剣道部の仲間たちだ。
その仲間が結婚するというので新婦側の友人として参加した。
大阪帝国ホテルで結婚式と披露宴があったのだがその時点で結構びっくりしていた。
帝国ホテルって決して安いとかそういうのじゃないよなぁって。

そしてその帰りに事件がおきた。二次会が終わりさて帰ろうとしたとき、
相手方の仲間の三次会にこちらの仲間がいないのでたまたま私一人が誘われた。
誘ってくれたのはメガネをかけたいい人そうな人。
名前は結局聞いていなかったので先生と呼んでいた。

「縁と縁の奇跡的な繋がり」
私の信念の一つにそれがある。縁と縁の奇跡的な繋がりの上に私のアイデンティティーがある。
それは今も同じだ。だからこそいろんな人と会いたいというのがある。
しかし…今までいい出会いばっかりだったのだろうと改めて感じさせられた。
新郎側はどうも銀行マンやどっか大阪の市の議員みたいな人もいた。
正直すごい人らだと思っていた。その時は。

先生と飲むにあたって先生の上司っぽい人も来た。彼のことは結果的に大将と呼ぶことにした。
といっても年齢的には私とほぼ同い年か少し上かもしくは年下というくらいか。
大物みたいなオーラはなかった。
そしてその大将、かなりのクセモノだったのだ。
次の飲み場所に行くことになったのだがタクシーを使った。私を含めて3人だ。
今思うと3人でタクシーに乗るとなると普通は後部座席に3人で乗ると思う。
しかしなぜかあの時は誘ってきた側の2人が後部座席に陣取って私は助手席にいた。
あの時特に気にしなかったが気にしていたほうが良かったのかもしれない。

そして次の場所にいくにあたってタクシーの中でのやりとり。
大将はあまり大阪の土地に詳しいわけではないらしい。
祝宴でも聞いていたが彼らは日本の銀行のエリート集団にいる人たちである。
それがいきなり運転手の方に住所と店の名前を告げ走り出させた。いくらベテラン運転手でも大都市大阪。
ビルの中にあったりしたらわからない。
それでも開口一番「タクシーの運転手なら金もらってんだからどこにでもいけよ、当たり前だろ?」

これを聞いて私は
「それはひょっとしてギャグで言っているのか!?」
と思った。ギャグにしては面白くもないしなんだこの胸のモヤモヤは…。

その後はその大将が運転手さんを一方的に罵倒するような按配になっていた。正直見ていても気分がいいとは思えない。
酔っているにしても先生もたしなめない。私はたまりかねて釘をさした。そんな言い方はないでしょうと。
だがいっこうにおさまらない。挙句の果てに俺に意見するのかみたいな事も言い出す始末。

目的地近くらしきところで運転手さんにも迷惑かけるし車の中で言い争いするのはやめようと全員降ろしてもらった。
その時のお金の支払い方法もある意味才能がおありのようで
「こっちは目的地に着いてねぇんだから端数はいらねぇな!?」といって千円札一枚をたたきつけた。
たいしたもんだ。もはやコントである。

この時点では私はこういう連中に関わりを持たない方がよいと思っていたが
もしかしたらという縁の可能性を信じてついていった。

その道中「新郎もこさせるからよ」
という旨のことをいわれた。
「え、新郎さんって私たちが行くとこどことかしってはるんですか?」
「何言ってんだよ、それが新郎の仕事だろ。
今日はどこにいようと挨拶に行くのが新郎の仕事だろ。俺らの時もそうしてきたんだ。」

私はそういう「仕事」なぞこれっぽっちもしらない。
先生に「そういうもんなの?」と聞いたら小さく首を縦にふった。

その時私は決定的に理解してしまった。この人との縁はない。
まだかろうじて縁は完全にはつながっていないがつながる前に切るなら今しかない。
彼らは店に向かって歩いていたが私の中でなにか火がついたのは自覚していた。
いや、火がつかないと言えないこともあるうえであえて自分で火をつけたのかもしれない。

その後は自分でも驚くくらいのものだった。最初は寅さんのいつもの口上から始まって
最終的には水曜どうでしょうの大泉さんみたいになっていた。

「大将、あんたと飲む酒はうまくない。うまくなるはずがない。」
「だいたい年配の運転手さんにあの口の利き方はないでしょう。何様だ」
そう述べると

「お前のタクシーの中での俺に対する態度がそもそも気に食わない」
確かに私はたいした人間ではないが初対面の人間に対する態度ではないと思ったので

「ほうほう、大将は自分をよっぽど偉い人間とおもってるようだな。そりゃ結構。結構毛だらけ猫灰だらけ、お尻の周りはクソだらけだな。
なかなか面白いことを言いなさる。おう!
今までいろいろ可能性を考えてきたけどどうしてもあんたと話したり酒を飲むっていう縁が考えられないね。
悪いがここらで失礼させて頂くよ。せいぜい動物園のサル山かそこらで大将になっておくのがよろしかろう。」
あと最初に声をかけてくれた先生にも言っておいた。
「先生、せっかくさそってくれたのにすまない。
ただ今回は縁がなかったということみたいだ。
どこかで違う形で会えたらよかったのだけど
未来にその可能性はあるかもしれないからそのときはよろしくおねがいします。
あとあの大将に俺を誘ったことでいろいろ言われるかもしれないけど
完全にスルーしてください。」

大将は背後でなにやら大声を上げているがここで同じレベルになって言い争いをしていたらそれこそ自分を貶めるとおもった。

啖呵をきって大通りに戻った時にはたと気がついた。こちらは奈良の市民。
大阪で見も知らぬ場所でおろされたのは彼らと同じだ。
実家に電話したが先ほどの啖呵が自分にも響いているようで説明もおぼつかない。
最終電車はすぎているがかろうじて実家近くにはいける時刻。しかし時は淡々と過ぎていく。
スマートフォンならぬガラパゴスケータイで現在地と実家に帰る手段を
探すももはや手遅れ。
ダンボールでも調達して公園で寝てもいいと思っていたが予想以上に大都市大阪というのは怖かった。
奈良の片田舎とは違うのである。その時思い出した。幼馴染で大阪にいるTちゃん!

家族ぐるみの付き合いだ。こんな深夜非常識とおもいつつ携帯電話を鳴らすといつもの彼の穏やかな声が聞こえた。
「どうもお久しぶり。どうしたの?」
地獄に仏とはこの事をいうのだろう。彼に事情を説明した。
そこからまた彼は菩薩ぶりを発揮。なんと私を車で迎えにきてくれたのだ。
式帰りの格好で荷物を持って大阪の街をうろうろしたら危険だと。
迎えに来てくれた彼の車の中で事の顛末を改めて冷静に話す。
彼はその話を聞いてその時私がもう冷静な状態に近づいていたのを察してくれて
その上で家に迎えてくれた。

重ねてきた年月は違えど同じ年代の若者である。
いきなり啖呵を切るような相手もいれば救ってくれる相手もいる。
この世は縁と縁の奇跡的なつながりでできているとは思っているがこうも対照的な存在はなかなかないと思う。

ただただ何が一番大切なのか考えさせられた一日であった。

ここまで書いて小樽会の方ならわかるかも知れない。
その菩薩こと幼馴染はたけちゃんといって
小樽会の藤田さんのご子息であられます。

小樽会との出会いも縁と縁の奇跡的な繋がりの上での話であって
先日の結婚式の時に出会いに消極的になりそうでありましたが
今はそのこともなんとか消化してこれからも出会いというものを大切にしていきたいと
切に願う次第であります。

長文になりましたが様々な人との出会いに乾杯。

この記事を書いた人

コメント

コメント一覧 (1件)

  • 1:久しぶりに若い方からご投稿を頂き、より一層、ブログが充実されるものと、御礼申し上げます。
    2:一日のうちに、こんなに対照的な出来事はあまりないと思いますが、若者のみならず、大人の世界にも、似たようなケースがあると思います。
    3:良い人との出会いを大切にして、縁と縁の繋がりを育てていきたいですね。